神鳥の卵 第19話 |
よちよちよちと、毛足の長い絨毯の上を乳飲み子が動き回る。 危険物は無いし、掃除は咲世子の手で完璧に行われている。 何より元は18歳だから、興味本位で何でも口にしたり触ったりする事はない。歩く時に蹴飛ばしたりしないよう注意すれば、後は完全放置でいいのだ。 だからC.C.は、ソファーに寝転がりピザを片手にドラマを見ていた。 その時、ピピピとアラーム音が鳴り響いたため、ああ、もうそんな時間かと、ピザを口に放り込むと手をしっかり洗い、未だ床の上を這いまわる赤子の元へと向かった。 スザクの趣味で猫耳尻尾付きのベビー服を着た赤ん坊は、さながら大きな猫。 アラームにも気付かないほど集中しているので、近くでしゃがみ声をかけた。 「ルルーシュ、そろそろ時間だ」 「ぁぅぅ・・・」 解ったと、了承を示したその顔は汗だくで、C.C.は持っていたガーゼタオルで素早く汗をふき、汗を吸いこんだベビー服を手早く着換えさせた。そして用意していた哺乳瓶を手渡すと、ルルーシュはものすごい勢いでそれを飲んだ。これだけ汗をかいたのだから、喉が渇いていたのだろう。しっとりと濡れてしまった髪をタオルドライした後、軽くドライヤーをかける。これで誰がどう見ても、運動していたなどとは思わないだろう。 運動し、疲れた体にお腹一杯のミルクを注ぎ込んだルルーシュは、そのまま電池が切れたように眠った。 それから10分ほどたったころだろうか。 「ただ今戻りましたルルーシュ様、C.C.様」 買い物に出ていた咲世子が戻ってきた。 ルルーシュが目を覚ましたのは、子供番組が入る少し前だった。 どれだけ動けばどのぐらいに目を覚ますか完璧に計算している為、驚く事では無い。 まだ寝ぼけ眼のルルーシュを、モニター前に用意したクッションマットの上まで運ぶ。マットの周りには、ルルーシュにと皆が買ってきた大きなぬいぐるみが所狭しと置かれていた。スザクに至っては、あのゼロの恰好で買ってきたのだから頭が痛い。 おかげでゼロには子供がいるのではと、密かに噂されている。 ルルーシュが欠伸をしながらのそのそしている間に番組は進み、やがて踊りの時間となった。 この頃にはルルーシュも覚醒している。 『さあ、テレビの前の皆も』 『おにいさんと』 『おねえさんと』 『『一緒に踊ろう!』』 いつもの二人の言葉の後、モニターの向こうの子供たちと一緒に、私の天使も踊り出した・・・といっても、まだよちよち歩きが少しできる程度の赤ん坊。バランスを崩してころんころんと床に転がってしまう。だが、そのたびに周りに置かれた大きなぬいぐるみが、ルルーシュを護るように受け止めてくれるため、痛みなど全くなく、すぐに立ち上がるとまた踊りだす。 ぽすん、ぽすんとぬいぐるみに倒れ込む姿は・・・はっきり言って可愛い。 これは何時間見ていても飽きないだろう。 ルルーシュは、離乳食を始めるかどうか、という年齢なのだから、むしろのこうしてひとりで立てるのは早い方だと思うのだが、碌にその辺を知らないスザクは、はいはいとつかまり立ちやつたい歩きを飛ばして、こうやってひとり立ちして踊る事を求めた。 あれだけ過程が大事だと騒いでたくせに、過程を飛ばして結果を求めるのだ。 中身が18歳でも、体が出来ていなから無理だという事が理解できないのだ。 だいたい、あの男は馬鹿なんだと、愛らしく踊り続けるルルーシュを眺めながら心の中で文句を言った。 このルルーシュがだ、こうして努力する姿を人目にさらすと思っているのだろうか?C.C.はルルーシュにとっては傍にいて当たり前の空気のような存在だから、こうしてさらけ出すが、咲世子にさえこの姿は見せないように時間を計算している。はいはいだってつかまり立ちだって、つたい歩きだって、C.C.がここに来たその日にはもう練習を始めていた。スザクが知らないだけなのだ。 まだ、しっかりと歩き回れる段階では無いため、隠しているだけ。 自分の意思で歩き回れない事を大人しく享受する男のはずがないだろう。 この番組の踊りをスザクが踊らせようとしたのは、あれが初めてではない。 もう何度となくやっていることだった。 だから、最初にこの番組を見せられたその日に「今のこの体でこれが踊れれば、将来体力馬鹿に勝てるだけの力がつく可能性が高い」と判断したルルーシュは、怪我をせず、しかも周りのばれない方法であの番組を見、踊れるよう策を講じた。 恐らく生前もやしっ子だった自分とスザクの体力差にコンプレックスを感じていたから、スザクに勝てないまでも、せめてカレン並に動ける体になろうとしているのだ。 そんな努力する姿を見せないためには咲世子の存在が邪魔だった。 彼女は口が固いので見られて困ることは無いのだが、こうして頑張る姿を見られるのが恥ずかしいのだ。 だから咲世子はこの時間になるとロイドたちの世話に行っていた。 世界のために忙しく働く彼らに、おいしい食事を用意して欲しい。身の回りのことも頼みたいとルルーシュが言うと、ロイドが反射的に賛成!!と同意の声を上げた。なにせ、ゼロレクイエムから今まで、セシルが朝昼と用意しているため、ロイドとニーナは毎日胃薬が手放せなくなっていた。 セシルに悪意はない、悪戯心もない。 善意と愛情で用意されている料理に対し、二人は何も言えずにいた。 率先して用意しようとするセシルに、自分が料理をつくるとニーナが申し出ても、「大丈夫よ、貴方は作業を進めていて」と、ニッコリ言われてしまえばそれで終わってしまう。 だが、ルルーシュがこうやって咲世子を、と言ったなら、セシルは咲世子に任せるより他になくなる。 つまり、セシルの創作料理から開放されるのだ。 神様仏様ルルーシュ様!と、ロイドがますますルルーシュに心酔したのは言うまでもない。 つまり、タイムテーブルはこうだ AM7:00 ルルーシュ起床 ※朝の子供番組は、咲世子がいるため見られない。 AM8:00 咲世子買い物へ。ルルーシュ運動開始。 AM:9:30 咲世子帰宅。ルルーシュお昼寝。 AM11:00 咲世子科学者の元へ。ルルーシュお昼の子供番組。 PM13:00 咲世子帰宅。ルルーシュ昼寝中。 スザクがいる時は、これらをサボる。 絶対に誰にも言うな。特にスザクには言うな、と厳命されている。 だから、こうして密かに練習している姿などC.C.以外誰も知らない。しかも、練習した成果をスザクに見せるつもりは最初からなく「お前がどう言おうと、俺は完璧に踊れるんだよ、フハハハハハハ」と、心の中で笑うためだけに努力しているのだ。 だから、この姿を見られるのはC.C.だけの特権だった。 ・・・だったのだが。 シャワーをあびていると耳慣れた着信音が聞こえ、慌てて浴室から出ると携帯に手を伸ばした。つい先程会議が終わり、ナナリーとも別れ、ゼロ専用に与えられた部屋に来たばかりだ。超合集国関係絡みだろうか? 「誰だろう?・・・って、C.C.か」 画面を見るとC2と表示されていた。 C.C.だと、万が一誰かに画面を見られた時に面倒なため、C2と表記している。ゼロはP3やQ1といったアルファベットを使い指示を出していた事もあるため、C.C.よりは違和感は無いはずだ。 使われていた駒がチェスに絡んでいたことを知るものなど、そうはいないから。 電話なら、ルルーシュに何かあったのか?と思うが、来たのはメール。 ということは急ぎの用件ではないのだろう。 何なんだろう?と見ると添付ファイルがついていた。 随分大きな容量の添付ファイルだな?と思いながら開いて・・・スザクは撃沈した。 「・・・え!?な、なにこれ?なんなのこれ!?か、かわいいっ!!」 添付されたファイルは動画だった。 そこには一生懸命踊ってはバランスを崩し、こてんと転んではぬいぐるみに助けられる姿が映し出されていた。しかも映像は真正面から。ルルーシュが録画を許すとは思えないから・・・間違いなく盗撮だ。かわいいルルーシュの映像につい目が言ってしまうが、よくみれば、ぬいぐるみの向こう側に、ソファーに寝そべりながらニヤニヤとカメラ目線で笑うC.C.の姿が見えた。 映像は5分ほどで終わってしまい、あまりにも衝撃的な内容に・・・スザクは迷わずリピート再生した。 「それにしても、ルルーシュ様が運動をされていたなんて・・・」 私、全然気が付きませんでした。 と、大画面のモニターで可愛らしく踊るルルーシュを堪能しながら咲世子は言った。当然、この場にはロイドとセシルもいて、ほわほわとした幸せそうな笑みを浮かべながら映像を見つめている。 「あれが努力を人に見せると思うか?」 「そうでございました」 ゼロであった時でさえ、たった一人であれだけの組織を動かすための下準備をコツコツとしていた男だ。汚いこともすべて一人で抱え、周りの人間にはそれを悟らせすらしなかった。 「でも、よろしいのですか?陛下はお怒りになられるのでは?」 「ルルーシュは絶対に喋るなとは言ったが、見せるなとは言わなかった。私は、何も話していないぞ?」 にやにやと、C.C.は魔女の笑みを浮かべた。 たしかにC.C.は何も言っていない。 咲世子に、指定した場所が綺麗に映る最適な場所で、そこ隠しカメラを取り付けるように言い、記録の一部をスザクの携帯に送り「今日は酒でも飲みながら癒やしの映像でも見ないか?」と、咲世子とロイド、セシルを誘っただけだ。 「なに、誰も言わなければわからないだろうさ」 ルルーシュは別室ですでに夢の中。 空腹で目を覚ますまでにはまだたっぷり時間があるし、何より自力であの部屋から出ることはできない。 ルルーシュのこの姿を堪能していたなど、本人に教えなければいいだけだ。 当然、ここにいる全員は、こんなことを知っているとルルーシュに知られたら・・・と、思っているため、言われなくても極秘事項扱いしていた。 だが、ここでC.C.は失念していた。 イレギュラーの力を。 「C.C.!ルルーシュが踊ってる映像全部見せて!!」 会議を終えて戻ってきたスザクは、居住区に戻るなり、ルルーシュがそこにいるのも構わずにC.C.に詰め寄った。 |